「やっぱり 卒業式には出られない」
そのつぶやきの中に 次の赴任先が決まったことを知った。
「先生の涙 見たかったのにな」
…一年後の私の卒業式には 来てくれる?
悲し気な彼の声をききながら そんな言葉を心の中に隠していた。
時は立ち止まることを知らない。
信号も 私の願いを叶えてはくれない。
時を刻む時計を壊すことができたら どんなに良いことか…
けれども 一番星を一緒に見れたことを うれしく思う。
満たされたような 満たされなかったような 複雑なひとときが
愛しい。
「先生 私…」
言いたくても言えない一言が 息苦しい。
「お前がもう少し 大人だったらな…」
かすれた声で彼が言った。
「でも 私…」
やっぱり その一言が言えない−
せつなくて苦しくて 望みもしないのに涙が溢れてくる。
ままにならない想いで 息がつまる。
自分の手に負えないこの心を どうしたら良いの?
その術すら知らない私は…
どんなに背伸びをしても やっぱり子供でしかないということを
痛感するしかない。
「…うれしいよ。 お前の気持ち」
悲し気に小さく笑うと 先生は外したネックレスを 私の首に
留めてくれた。
肌が触れ合うくらいの距離なのに…
肌が触れ合うくらいの距離だったから…
私から唇を重ねて 車を降りた−
足早に家へと向かいながら 遠くで車が走り去る音を聞いた気がする。

ときめきと せつなさに震えながら そっと唇に手を触れてみる。
彼のぬくもりが残らない程 短い一瞬だった。
だけど 私には忘れることのできない一瞬…
持ち主の変わったプラチナの輝きに そっと手を触れてみる。
これまでの彼を感じることなど できないと知りながら…
肉体的な愛よりも 精神的な愛に 心が引きずられるということを
知った。
彼の顔にあふれていた苦しみを 私は忘れない。
私の髪に触れた 彼の手の震えを私は忘れない−

夏をやさしく締めくくる風に吹かれて 十七歳の夏が終わった。