ハンドルを握って 湖へと車を走らせた。
バックミラーの中の俺は なんて青褪めた顔をしている
のだろう…

俺は とても恐ろしかった。
恐ろしかったが 湖までいかなければという気持ちに
駆られて 引き返すことができなかった。


林が見えてきた。
林といっても 数えるだけの木しかないのだが─
あの林の向こうに湖がある。
車は林に入った。
一本 二本と木が通り過ぎて行く。
車は星に導かれ 引き寄せられるように 林を抜けた。
俺は湖から少し離れた所に車を止めた。
まだ薄暗く あたりはシンと静まりかえっている。
恐ろしい。
恐ろしいが 俺は車を降りてあの湖のほとりまで
歩かなければならない。

行かなければいけない。
引き返すことはできない。
俺は 眼に見えない力に引きずられるように 湖へと
足を向けた。


「うっ…」
俺は 思わず声を上げた。
こんなバカなことが あるはずがない。
そう思ったが 今眼の前にある光景は 夢でも幻でもない。
現実なのだ。
心臓が高い音で 波打っている。
息苦しい…

湖のほとりで 俺の眼に映っているものは…
若い女の死体─
そうだ。
俺は自分の妻を殺し この湖の底に沈めたのだ。
沈んでいるはずの彼女の死体が 今こうして俺の眼の前にある。
湖の上に 白い肌を見せている。
なぜだ…

ふいに俺は あの夢のことを思い出した。
あの夢は…
妻が俺をここに導くために 見せたものだったのではない
だろうか。

俺はその場に 座り込んでしまった。
立ち上がって引き返そうにも 腰が立たない。
湖に浮いている妻が じっと見つめている。
なにかを訴えるように 俺を見つめている。

       気がついたとき 私は…
       小さな湖の ほとりにいた
       誰もいない 湖のほとりにいた
       湖は 鏡のように
       辺りの景色を 映してくれた
       足元の枯れ葉が
       風の指揮で 歌ってくれた
       やさしい子守歌を
       歌ってくれた─

そんな歌がふと 俺の耳を通り過ぎたような気がした…