偽りの春

「本当に俺の子なのか?」
出逢って三年目にして 彼の本心を見たような気がした。
「どういう意味? ひどすぎる…」
わずかな努力で 目に涙を浮かべてみる。
「ごめん… 突然で驚いただけサ。」
思わず洩れそうになった笑みを 涙の影に隠して 私は
『結婚』という制度の切符を手に入れた。


幾度となく恋をして 出逢いと別れを繰り返しても
たった一人だけ…

どうしても忘れられない人がいた。
初恋の相手でもなく もちろん初体験の相手でもない彼を
何年経っても 忘れられずにいた。

はっきりとした別れの言葉もなく
ただ唐突に 縁がなくなってしまったから?

出逢いの場面は覚えていても 別れの場面は全く記憶に
ないから?

時々ふと 彼のことを考えている自分に気付く。
雨上がりの街の匂いに 彼の面影を探していたりする。
二人でよく行った店も 今ではもうなくなってしまった程
月日が経っているというのに…


新聞の小さな記事に 彼の名前を見つけた。
決して褒められたことではないが…
暴行事件の新聞記事に 変わっていない彼を見た気がした。
理由がないのに暴力をふるう人ではないということを 私は
とても良く知っている。

だからその記事も 彼が元気でいる証拠として心に刻んで
おいた。

元気でこの街に暮らしていると―

今でも彼と交わした会話の 一つ一つを思い出すことができる。
「あ、俺。」
いつもそう言って電話をくれたことも…
淋しい時程 やさしく抱いてくれたことも…
乾いた冷たい唇も 耳元に聞こえていた寝息も 目を細めて見る
癖も コロンの香りも…

なにもかもが忘れられなくて 今でもはっきりと覚えている。
あの声のトーンとイントネーションは 今も変わっていないの
だろうか―