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「お知合い?」
「ああ。
 俺がまだ会社勤めをしていた頃からのね…
 おっ、淋しい男が来た…
 いらっしゃい。」
「誰が淋しいって?」
…彼だった。
マスターの声に振り向くと ドアの前に彼がいた。
「今 彼女とお前の絵について 話していたんだ。」
「また悪いことばかりならべてたんだろ。
 だめですよ。
 こんな男の言うことを信じちゃ。」
…彼のさわやかな笑顔を私は全身で受け止めた。
そして 二人のそんなやりとりに 少しだけ心が幸せを
感じていた。

彼に会いたい。
…そんな気持ちが 私の足を『スパーシー』へと運んでいた。
ドアを開けるとカウンターのいつもの席に 見慣れた彼の
後姿があった。
留守なのか「いらっしゃい」というマスターの声はなかった。
今日も彼が来ているといううれしさに ときめく心をおさえ
ながら私は席に着いた。
何か言葉でも交わせば良いのかと 私は壁の絵を眺めながら
考えていた。
低く流れる音楽も この胸のときめきをおさえる役には
立たないようだ。
コーヒーの香り…
視線を移すとテーブルの横に彼が立っていた。
私は交差した視線を外せないまま 彼を見つめていた。
「コーヒーで 良いんだよね?」
彼に問われても うなずくのが精一杯だった。
私の心に反するように 彼はとても落ち着いてみえた。
「マスター 今 外に出てるんだ。
 もうすぐ戻ると思うけど…
 上手とは言えないけど 俺のいれたコーヒー 飲んでよ。」
そう言って彼は 自分の席へ戻った。
指の震えをおさえながら 彼がいれてくれたコーヒーを
口にした。
いつもと同じコーヒーが いつもよりほろ苦くそれでいて
まろやかに感じられた。

数日後 『スパーシー』に寄った私は 彼が結婚すると
いうことを マスターから聞かされた。
ピンクのエプロンの似合う 髪の長い女の人だそうだ。

…あじさいの花が 散った。




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