あじさい

あじさいの花の咲く頃 私はあの人に出会った…

帰り道に開店した喫茶店で 私はコーヒーを飲んでいた。
『スパーシー』という名のその喫茶店は 殺風景という言葉が
ピッタリするような造りをしていた。
ブラウン系で統一された店内に 一枚だけ飾ってある絵の
点と線の微妙な白さがその店に 落ち着きとさわやかさを
漂わせていた。
真っ白でも透明でもない 氷雨のような白さが 私の心を
とらえた。

そろそろ帰ろうかと立ち上がりかけた時 長身でチェックの
スーツの男がカウンターの席に着いた。
「いらっしゃい。」
「元気か?」
そんなやりとりでマスターと彼は 会話を始めた。
純一と呼ばれるその彼は マスターの友達のようだった。
コーヒーを飲む彼の横顔が見たくて 私は『スパーシー』に
通うようになった。

「あの絵のテーマ 何だと思う?」
コーヒーを片手に 絵を見つめていた私に マスターは声を
かけた。
「テーマ?
 わからないけど 不思議な絵ね。
 冷たさと暖かさが入り混じっているような…
 あの絵を見ていると 見えないものも見えてくるような
 気がするわ。」
「…男心と女心の奥深い中の感情の持つ 冷たさと暖かさを
 表現したいって 作者は言っていた。
 俺には哀しさしか感じられないけど…
 あなたには あの絵の心が 伝わってくるんだな。」
「そんなことないわ…
 あの絵の作者って どんな人なのかしら?」
「どんな男だと思う?」
「…そうね。
 とても淋しい人なんじゃないかしら。
 自分が淋しい分 人にやさしくしてあげられるような…」
「淋しい男か…
 そうかな。
 ま、誰にも淋しいときはあるものだけど。
 確かにやさしい男ではあるな。
 馬鹿正直で お人好しで。
 それでいて わがままで 頑固だ。」